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第七章:夜明けの選択

Auteur: 佐薙真琴
last update Dernière mise à jour: 2025-12-07 19:36:34

 それから一ヶ月、凛と玲於の関係は、完全にビジネスライクになった。

 必要最小限の連絡のみ。社交イベントでは、完璧な婚約者を演じる。しかし、二人きりになると、沈黙だけが支配した。

 凛はデザイン作業に没頭した。感情を全て、布の上に注ぎ込んだ。怒り、悲しみ、そして――消えない愛情。

 玲於への気持ちは、消せなかった。

 彼が嘘をついていたことは許せない。でも、彼と過ごした時間は、確かに本物だった。

 あの優しさ。あの眼差し。あの言葉。

 全てが計算だったとは、信じられなかった。

 そして、十二月――MAISON NOIRの東京フラッグシップストアが、ついにオープンを迎えた。

 オープニングセレモニーには、政財界の要人、セレブリティ、メディアが集結した。

 凛がデザインしたシルクタペストリーが、ストアの壁面を飾っていた。『夜明けの約束』のモチーフを拡大した、圧倒的な存在感の作品。

「素晴らしい」

「こんなデザイン、見たことがない」

「水瀬凛という名前、覚えておかないと」

 賞賛の声が、次々と届いた。

 でも、凛の心は空虚だった。

 この成功は、本当に自分の力なのだろうか。それとも、玲於の罪滅ぼしの結果なのだろうか。

 セレモニーの最中、凛は玲於から小さなメモを渡された。

『終了後、屋上で待っています。最後に、話させてください』

 凛は迷った。

 でも、結局――屋上へと向かった。


 表参道の夜景が、眼下に広がっていた。

 玲於は欄干の前に立ち、凛を待っていた。

「来てくれて、ありがとう」

「これが最後よ」

 凛は冷たく言った。

「話が終わったら、契約も終わり。もう、二度と会わない」

「分かっています」

 玲於は頷いた。

「でも、本当のことを話させてください。全部」

 彼は深呼吸をして、語り始めた。

「父が水瀬商事を標的にしたのは、事実です。

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     それから一ヶ月、凛と玲於の関係は、完全にビジネスライクになった。 必要最小限の連絡のみ。社交イベントでは、完璧な婚約者を演じる。しかし、二人きりになると、沈黙だけが支配した。 凛はデザイン作業に没頭した。感情を全て、布の上に注ぎ込んだ。怒り、悲しみ、そして――消えない愛情。 玲於への気持ちは、消せなかった。 彼が嘘をついていたことは許せない。でも、彼と過ごした時間は、確かに本物だった。 あの優しさ。あの眼差し。あの言葉。 全てが計算だったとは、信じられなかった。 そして、十二月――MAISON NOIRの東京フラッグシップストアが、ついにオープンを迎えた。 オープニングセレモニーには、政財界の要人、セレブリティ、メディアが集結した。 凛がデザインしたシルクタペストリーが、ストアの壁面を飾っていた。『夜明けの約束』のモチーフを拡大した、圧倒的な存在感の作品。「素晴らしい」「こんなデザイン、見たことがない」「水瀬凛という名前、覚えておかないと」 賞賛の声が、次々と届いた。 でも、凛の心は空虚だった。 この成功は、本当に自分の力なのだろうか。それとも、玲於の罪滅ぼしの結果なのだろうか。 セレモニーの最中、凛は玲於から小さなメモを渡された。『終了後、屋上で待っています。最後に、話させてください』 凛は迷った。 でも、結局――屋上へと向かった。 表参道の夜景が、眼下に広がっていた。 玲於は欄干の前に立ち、凛を待っていた。「来てくれて、ありがとう」「これが最後よ」 凛は冷たく言った。「話が終わったら、契約も終わり。もう、二度と会わない」「分かっています」 玲於は頷いた。「でも、本当のことを話させてください。全部」 彼は深呼吸をして、語り始めた。「父が水瀬商事を標的にしたのは、事実です。

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     契約から二週間後、凛は初めての「公務」を迎えた。 六本木ヒルズで開催される、ラグジュアリーブランド合同展示会。日本の富裕層と、海外からのバイヤーが集まる、年に一度のイベント。「緊張しないでください」 玲於が、リムジンの中で凛に言った。「あなたは私の隣にいて、笑顔でいればいい。会話は私がリードします」「でも、私みたいな人間が、あんな場所に――」「あなたはみたいな人間ではありません」 玲於の声は厳しかった。「あなたは水瀬凛。MAISON NOIRのクリエイティブ・ディレクター補佐であり、私の婚約者です。自信を持ってください」 凛は深呼吸をした。 今日、彼女が身につけているのは、シャンパンゴールドのイブニングドレス。首元には、MAISON NOIRの最新コレクションから選んだ、ダイヤモンドとサファイアのネックレス。髪は専属のスタイリストがアップにし、メイクも完璧だ。 鏡の中の自分は、もはや三週間前の自分ではない。 会場に到着すると、フラッシュの嵐が待っていた。「黒澤さん! こちらを向いてください!」「お隣の方は、どなたですか?」 玲於は落ち着いて、凛の腰に手を回した。「私の婚約者、水瀬凛です」 その一言で、会場がざわめいた。 MAISON NOIRのアジア代表、黒澤玲於の婚約者――その情報は、瞬く間に広がった。「はじめまして」 凛は笑顔で会釈した。心臓は激しく鼓動しているが、表面上は穏やかに。 会場内に入ると、そこは別世界だった。 シャンデリアの光。クリスタルのグラスを持つ人々。ピアノの生演奏。空気さえも、どこか違う匂いがした。高級な香水と、富の匂い。「玲於!」 金髪の女性が近づいてきた。完璧なまでに洗練された美しさ。彼女は流暢な英語で話しかけた。「久しぶりね。これが噂の婚約者?」「ああ。凛、紹介しよう。彼女はイザベル・デュラン。パリ本社のマーケテ

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